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【レポート】『社会事業家100人インタビュー』特定非営利活動法人マドレボニータ 代表理事 吉岡マコ氏

2014.01.28

『社会事業家100人インタビュー』特別編(静岡開催)

「先輩社会事業家のビジネスモデルを学ぶ」

 
 

ゲスト: (特)マドレボニータ 代表理事 吉岡マコ様

<ゲストプロフィール>

自身の産後の経験から、産後の女性の健康をサポートするしくみが日本にはまったくないことに気づき、1998年に「産後のボディケア&フィットネス教室」を立ち上げ。「私以外にも苦しんでいる人はきっといるはず!」「産後はダイエットではなくリハビリ」「母の健康は家族の健康」という信念の下、産前・産後に特化したヘルスケア・プログラムの開発、研究・実践を重ね、2007年に(特)マドレボニータを設立。2006年より産後ヘルスケアのプロとして「産後セルフケアインストラクター」の養成・認定の制度を整備。産後女性に日々接する現場をもつNPOとして、09年からは産前・産後のリアルを伝え、当事者の心構えと備え、そして周囲からの適切なサポートにつなげてもらおう、と『産後白書』を発行して産後ケアの社会的必要性を広く伝える活動を行っている。2011年マドレ基金をたちあげ、ひとり親、多胎児の母、障碍児の母など、社会的に孤立しがちな母親たちへの支援に着手。NEC社会貢献室との協働事業「NECワーキングマザーサロン」では、すべての女性を対象に「母となって働く」ことについて考え、語る機会を提供。2009年よりのべ4000人を超える女性が参加した。

<今回のインタビューのポイント>(インタビュアー IIHOE川北)

活動を始める・続けるだけでなく、質を保ちつつ一気に拡げるためには、しくみ化と発信が不可欠。それを着実に実践しつつ、事務局の運営体制も、これまでにないものを創出しながら、成長と進化を続けてきた同会から、基礎の実践と進化の姿勢を学び取ってほしい。

 

出産をめぐるパラドックス

マドレボニータ」はスペイン語で「美しい母」の意味です。母となったからこそ見えてくる醜い部分も受け止められるような器量を持つこと。それが私達の考える「美しい母」であり、そのために必要なのが産後ケアです。出産は確かにおめでたいこと。でも、「おめでとう」だけではすまされない現実があることも知ってほしい。産後の女性の10人に1人が産後うつ*を発症しているといわれています。普段、マドレボニータの産後のボディケア&フィットネス教室等でたくさんの産後の女性に接する現場の感覚としては、精神的にしんどい人はもっといるはず、と感じます。

私たちが2010年に行ったアンケート調査**によると、「産後うつと診断はされていないが近い状態になった」、と回答した人が100人中80人ちかくいました。実に10人中9人がなんらかの精神的なツラさを抱えながら子育てをしていることになります。また、幼児虐待について報告されている件数の内44%は子どもが0歳児の時に起こっているという調査結果もあります。「かわいい赤ちゃんを虐待するなんてなんてひどい母親か」というのが世間一般の反応でしょう。でも出産後の問題は母親だけを責めても解決しないのです。

日本の母子保健のシステムは、妊娠中、出産、乳児向けなど、出産前と生まれた赤ちゃんに対しては手厚く整備されています。でも産後の母親に対するケアは実はほとんどないのです。産後、女性の身体には特有の変化が起こり、精神面も不安定になりがち。そうした産後特有の変化や不調についてアドバイスできる専門家はほとんどいません。医師や助産師は出産についての知識はあっても、退院後の患者にはあまり接点がなく、専門知識として「産後」を教わることもほぼありません。医療機関では産後の生活をケアできないのです。産後に不調を訴える人がいても、産後に特化したアドバイスをできる人がいない。じゃあ、自分たちがその専門家になろう!と思って、産後の身体をケアするための研究開発をはじめたのが、「マドレボニータ」のはじまりです。

 

*産後うつ:産後に発症するうつ病で、10-20%に生じるとされています。一日中気分が沈む、日常生活の中で興味や喜びが感じられない、赤ちゃんに何の感情もわいてこない、食欲もなく体重が減る、不眠/睡眠過多などがサインとなります。マタニティ・ブルー(ズ)とは異なり、治療を必要とする病気です。

出典:母子衛生研究会「赤ちゃん&子育てインフォ」 http://www.mcfh.or.jp/jouhou/yougo/sangoutu.html

**2010年8月~同9月にかけ、インターネット上のアンケートフォーム等を用いて計106件の回答を得た。

 

現場を知ってる専門家は私達!

私は大学院時代に運動生理学を学びつつ、大学院の外ではヨガ、ピラティス、東洋医学、ダンスセラピー、骨格調整、オーラソーマ、レイキなど、数々のヒーリングアーツを勉強していたこともあり、自分の産後の身体のあまりの不調に納得できなくて、何か方法がないかといろいろ考えました。でも、医師に聞いても助産師さんに聞いても、産後の女性の体を本当に理解してアドバイスできる人はいなかった。産後1カ月を過ぎた頃、以前習っていたヨガの先生が連絡をくれて、家に来てくれることに。産後の身体に必要なケアを、自分を実験台にしながら考えていきました。

その結果わかったのは、産後の身体に必要なのは治療ではなく、リハビリだということ。リハビリによって自分自身の力を少しずつ取り戻すことができます。医療従事者による治療ではなく、当事者の苦しみをちゃんと理解して、それを解決するような、市民発のボディケアを開発しよう。そのプログラムをつくろう。まずはそれで自分が元気になりたい、と考えたのです。そして取り組むうちに、自分だけでなく、苦しんでいる人はきっとほかにもいるはず、と思い、産後のボディケア&フィットネス教室を1998年の9月にスタートさせました。自分の子どもが生後6か月のときでした。

最初の年の教室にきてくれた人はのべ約100人。最初は試行錯誤の連続でした。自分の身体を実験台にした、サンプル数1のプログラムでしたから、来てくれる女性たちをよく観察して、どんな不調が出ているか、どんなケアが効果的か、よく見たり聞いたりしていきました。でも本当のニーズは目に見えません。聞くだけでなく、その裏の本当のニーズを探ろう、彼女らの言動を注意深く観察し、考察し、本音を読みとろうと努めました。見えない本当のニーズ、そこにサービスを提供していくこと。その結果できあがったのが現在のプログラムで、1回2時間の4回連続講座。運動、コミュニケーション、セルフケアの3 部構成になっています。1回目は、ほとんどの人にとって産後初めての外出で、なんとか教室に来るだけで精一杯。それから徐々に身体をほぐし、精神的に余裕も出てきたあたりで、参加者に「自分自身の身体をちゃんとケアしよう、自分のための時間をつくろう」という意識が芽生えてきます。自分の体への意識が高まり、体力と身体スキルが身に付いてきた3回目からは、骨盤呼吸法などちょっと難しいことも取り入れて、自分で自分の身体をコントロールできる技を学んでいきます。そして最後の4回目ではウォーキングをして、美しく歩いて締めくくります。このように、たったの4回のコースでも、人の心身に大きな変容を起こすような構成にデザインされています。

こうした教室は、産後に外に出るきっかけをつくることができる、という意義もあります。産後のプログラムは決して、元気なお母さんだけが来るところではないんです。赤ちゃんと二人きりの時間を長く過ごす母親にとって、どんな人にでも産後うつは起こりうるし、幼児虐待は他人ごとじゃありません。母親たちの笑顔は当たり前のものじゃないんです。だからこそ、産後の早い時期から、外に出て人と出会い、自分の心身と向き合う機会をもち、自分の力を取り戻していくことが必要なのです。

現在では、12都道府県に拠点があり、全国50か所で教室を開催、年間約5000人にプログラムを提供しています。22人のインストラクターが各地で教室を開き、10人の事務局スタッフがそれぞれ在宅で、クラウド事務局という形でワークシェアをしながら団体の運営にあたっています。

最初は私1人で始めたプログラムでしたが、2002年からインストラクターの養成をはじめ、06年にインストラクターの認定制度をつくりました。産後プログラムを実施するにあたり必要なことをすべて洗い出した、300点満点の筆記試験と実技試験です。この試験があることで、インストラクターに産後プログラムの専門家としての緊張感とプライドがうまれます。この制度を導入したことで去っていく人もいましたが、ここまでコミットしてくれた人がその後の仲間として残ってくれました。

また、2段階の会員制度を設けていて、賛助会員は2年間で5000円の会費で現在200人。定期的に「マドレ通信」を届けて、私たちの活動を応援していただいています。一方、正会員は年間会費が25000円。正会員にのみ配布する「マドレジャーナル」を発行し、かなり中身の濃い情報を伝え、強い共感をしてくださる方々をつないでいます。現在、正会員は200人弱ですが、この中には、「活動に参画したい」という方が多く、私たちの事業の重要な担い手になっています。

 


手づくりの「公」をつくる

私達の事業は産後ケアのプログラムを提供していくことが中心ですが、プログラムを重ねるにしたがって、年間5000人の産後の女性に接している知見、現場で起きている実態を世の中に伝えていかなければ、と考えるようになりました。「産後の身体の変化について、出産前に知っていたら備えができたのに」、「夫や家族に、産後の心身の実際を知って欲しい」という参加者の声にも後押しされて、産後のカラダとココロのリアルを伝えるための『産後白書』を2009年から発行しています。マドレボニータの教室に通っている産後女性620人にアンケートを実施し、インタビューで生の声を拾った第一弾は、「出産直後からの身体の状態と夫婦関係」をテーマにアンケート調査結果をまとめ、産後女性の身体と心の変化を周りの人にも理解してもらうためのツールとなりました。さらに『産後白書2』では、「産後から考えるはたらきかた」をテーマに、「子育てしながらはたらく・はたらきたい女性1400人のリアル」と題して、マドレボニータとNEC が協働する事業「NECワーキングマザーサロン」の参加者アンケートや一般のWEBアンケートで1400人分の声を集め、子育てしながら働くことについての不安や悩みについてまとめました。そして2012年に発行した『産後白書3』では、「産前・産後のパートナーシップ」について、さまざまなパートナーシップのかたちを、当事者たちの声を中心にまとめています。

こうした、産後の実態を社会に広く発信していくことで、日本の母子保健システムでは見過ごされている「産後」を「出産」や「妊娠」と同じようにケアすべき事象として、産後ケアの社会的必要性、そして周囲の理解を広げていきたいと思っています。

本来、産後ケアは公的なサービスであるべきです。私たちの教室に来られない人にも、産後ケアを届けたい。最近は、地区センターで教室を開催したり、産婦人科病院のプログラムとして教室を開催することも多くなってきました。人口4500人の北海道清里町では、町と提携して清里町の産後女性の3割に無料(公費負担)でマドレボニータの産後プログラムを届けました。また、杉並区では「子育て応援券」というバウチャー制度があり、出生時に配布される4万円分の無償応援券を使用して、託児、家事代行、産後ケアなど様々なサービスを利用することができます。その無償応援券を使って、私達の教室に参加することもでき、それによって杉並区の受益者は4倍になりました。

こうして行政に積極的に働きかけることで、産後ケアを公的なサービスにしていきたいと考えていますが、私たちがプログラムを届けられているのは、日本全体で見ればまだほんのひとにぎりです。プログラムに参加するためには、通常は4回講座で12000円程度の参加費がかかりますから、それを払えない人もいるでしょう。ならば自分たちで手づくりの「公」を広げていこうと、「産後ケアバトン制度」を始めました。個人や企業から寄付を募って「マドレ基金」という基金をつくり、特に孤立しがちなひとり親や障碍をもつ児の母、双子や三つ子など多胎児の母などに受講料の一部または全額を補助するという制度です。マンスリーサポーター制度など個人からの寄付や企業からの寄付によって、産後ケアプログラムを受けた人が、次の人へとバトンをわたしていくしくみにもなっています。これまで、2011年3月から2013年9月現在、のべ167組の母子にこの制度を使ってマドレボニータのプログラムを受けていただきました。

私たちの出発点は、医療でも企業でも見落とされてきた「産後」という分野を市民初で開拓するというパイオニアスピリット。参加者からボランティアスタッフとなってくださる方は年間250人を超え、マドレボニータという団体が、単なるサービス提供者ではなく、市民の力を活かすプラットフォームとして存在していることを実感しています。教室の卒業生は、サービスの受益者で終わらず、卒業生の何割かは、応援の意味で会員となってくださり、そこからボランティアスタッフとしてプロジェクトへ参画してくれたり、新たなプロジェクトを提案してくれたり、積極的なコミットをしてくれています。それによって、団体本体だけではなしえなかった相乗効果もうまれています。会員のボランティアから有給スタッフになる人、マドレボニータに関わることで再就職先を見つけた人など、マドレボニータを通して、新たな人生を切り開いていっている人も多くみかけ、とても光栄な気持ちでいます。しかし、私たちが活動を続けていく一方で、幼児虐待は後を絶たず、産後うつやそれに近い症状を訴える女性の数はなかなか減りません。産後は、社会との接点が途絶え、最も孤立しやすい時期。その産後をサポートするしくみが日本には絶対必要です。すべての母となった女性が産後ケアを受けられる社会をめざし、「美しい母」を増やしていくこと。そうすれば日本は、世界はもっとよくなる。そう信じて、手づくりの公をもっともっと広げていきたいと思います。妊娠、出産で途切れず、産後まで責任をもってケアする「世界に誇れる母子保健」のシステムが日本にちゃんと整備され、産前から産後ケアまで、格差無く行き渡ること、これが私たちの究極の目標です。ひとつひとつの事業は、すべてここを目指すためにおこなっているのだということを忘れずに、関わる人たちとそのことを常に共有しながら進んでいきたいと思います。

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