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【レポート】『社会事業家100人インタビュー』特定非営利活動法人かものはしプロジェクト 代表 村田早耶香氏

2013.08.27

「先輩社会事業家のビジネスモデルを学ぶ」

『社会事業家100人インタビュー』

 

■第17回 

~かものはしプロジェクトに学ぶビジネスモデルの進化~

ゲスト:村田早耶香さん  特定非営利活動法人かものはしプロジェクト 代表

 

 

<ゲストプロフィール>

19歳の時に、子どもが騙されて売られている問題を知り活動を開始。

20歳の時に仲間と共にかものはしプロジェクトを設立。

2006年25歳の時に日本青年会議所主催「人間力大賞 準グランプリ」受賞

2007年26歳の時に国際青年会議所主催「TOYP(トイップ)」受賞

2011年ジョンソン・エンド・ジョンソン主催「ヘルシー・ソサエティ賞」受賞

日本の若者の活躍が話題となり、カンブリア宮殿、NHK、イギリスのフィナンシャルタイムズなど各種メディアに取り上げられる。

2012年、 全国日本商工会議所助成連合会主催 第11回女性起業家大賞優秀賞受賞

 

著書:「いくつもの壁にぶつかりながら」2009年 PHP研究所

 

 

<今回のインタビューのポイント>(インタビュアー IIHOE川北)

挑む課題が大きければ、小さく始めるしかない。

しかし、始めたときと同じ型・スタイルを続けても、そのまま解決が加速するとは限らない。

だからこそ社会事業家は、常に課題と、その課題に向き合う人々を中心に置いて、周囲のあらゆる組織や人々を資源やパートナーと位置付けて、自分たちの事業や進め方を、進化させ続けなければならない。

かものはしプロジェクトは、深刻な課題を直視し、設立当初から、その真摯でユニークなアプローチが大きな注目と支援を集めた。それゆえ、進化にも葛藤や苦労が多かったと思う。

まだ進行形の変化と成長を、学んでいただきたい。

 

————————————

政府にお願いしているだけでは、変わらない

 

 私が子どもの売られる問題に最初に出会ったのは19歳、大学2年生の時。授業中に回ってきたひとつの新聞記事がきっかけでした。その記事には、だまされて売られてしまった女の子の話が載っていました。

都会に出て働けば100ドルもらえると言われ、ついていった先は売春宿。そこでお客をとらされ、HIVウイルスに感染した彼女は20歳でなくなりました。「学校に行って勉強してみたかったな。そうしたら警察官になって、自分みたいな子を救えるのに」。記事には、亡くなる前の彼女のこんな言葉も載っていました。わずか約1万円のために売られてしまった命。その時私が着ていたお気に入りのワンピースが1万円。それで1人の女の子を救えるのなら、私にも何かできないだろうか。そんな思いで、子どもの売られる問題について調べてみることから始めました。そしてお金をためて、タイ・カンボジアで活動するNGOを尋ねてまわりました。

 当時のカンボジアは、内戦が終結して10年あまり。国民の約35%が貧困層以下という状況で、だまされて売られる子のほとんどが貧しい家庭の出身でした。中にはわずか5歳で客をとらされる子もいます。みんな普通の子ども。ただ貧しかっただけです。私が日本で2日くらいバイトすれば稼げる金額で、この子たちが売られていく。買う側の人間が捕まることはほとんどない。そんな現実をもっと知り、訴えたくて、それから1年間、ちょうど横浜で開催予定だった「児童の商業的性的搾取に反対する世界会議」に向けて活動することになりました。

 2001年12月に開催された「児童の商業的性的搾取に反対する世界会議」では子ども・若者プログラムに参加する代表に選ばれ、各国の代表とともに意見をまとめ、世界会議で子ども・若者アピールとして発表、国連文書として世界中の人に見てもらえるようなものができました。この会議の過程で、国際機関で働く人やNGOで活動する人など、様々な人に出会いました。ただ、会議終了とともに別のテーマに移らなければならない人、子どもの売られる問題に集中して取り組むことが困難な団体も多く、会議終了後に、活動を一緒に続けていける団体はなかなか見つかりませんでした。世界会議自体が世間にあまり知られていないこと、その宣言文の効果への疑問もあり、次第に、政府にお願いしているだけではなく、気づいた人が動かないとこの問題は変わらないのではないか、と考えるようになりました。

 

 そんな時に出会ったのが、今の共同代表である青木健太と元木恵介です。2人は東大の社会起業家サークルのメンバーで、社会起業家のたまごを探して育てる、というプロジェクトをはじめていました。彼ら自身は人生をかけて変えたいテーマはまだ見つかっていないものの、「社会課題をビジネス的手法で解決する支援をしたい」、対して私は「想いはあるけれど形にできていない」という状態でした。そこで彼らの助けを得ながら、2002年にかものはしプロジェクトを立ち上げることになったのです。

 

 

ビジネスモデルをとるか、ミッションをとるか

 

 当初のビジネスモデルは、タイで12歳前後の貧困層の子どもたち向けに英語とITの職業訓練をすることでした。

タイでは就学率は高く、児童買春の被害者となるのは中学・高校生くらいの年齢が主でした。そこで貧困層の子どもたち向けのパソコン教室を開設し、プログラマーとして教育することで、スキルを持って就職してもらうことが被害者を減らすことだと考えたのです。日本でホームページ製作などの仕事を請け負い、その中の一部の工程をパソコン教室の生徒や卒業生に回せば、ビジネスとしても成り立つと考えました。

その後、対象国を児童買春問題が深刻であったカンボジアに変更し、プノンペンでパソコン教室を開設しました。このプログラムによって、3年間に計120人がITスキルを得て卒業しました。身に着けたITスキルを武器に、企業に就職した子もいれば、プログラマーになる為に奨学金を得て留学をしている子もいます。ゴミ山などの貧困層の出身の子、孤児院に保護されていた子がスキルを身に着けて就職する、という成果を出すことはできました。

しかし、このプログラムを実施している場所の一角には売春宿があり、そこで働く子どもを救うことも、客を減らすこともできないことに、だんだん矛盾を感じていました。パソコン教室の対象は都市部の貧困層の子ですが、児童買春の被害に遭う子の多くは都市部よりも農村の貧しい家庭出身の子でした。パソコン教室は、ビジネスモデルとしては回るけれど、これでは児童買春問題を解決する、というミッションを達成することはできない。ビジネスモデルをとってミッションを変えるか、ミッションをとって事業を変えるかということを議論しました。

ITの職業訓練をすることについて、日本では支援が集まっていました。今、事業を変えることは、これまで応援してきてくれた人たちを裏切ることになってしまうのではないか。これまで本当に大変な思いをしてパソコン教室を開設したのに、今までやってきたことを一から作り直すのか。日本の事務所側とカンボジアとの現場の間でも様々な意見が出て、喧々諤々の議論を繰り返しました。日本にいるスタッフにも現場を見てもらい、どう思うかを聞いていき、話し合いを重ねた結果、パソコン教室は3年間で終了させ、支援者の方々にも説明して回り、かものはしプロジェクトとして新たに農村の支援をはじめることにしました。

 

 

子どもを買わせない、売らせないための活動へ

 

 2006年から始めた農村支援では、「親に仕事を、子どもに教育を」ということを実現することが、児童買春を防ぐ一番の近道である、と考えて、現地のNGOとともに農村での収入向上のためのコミュニティファクトリー事業に着手しました。

カンボジアには世界遺産、アンコール遺跡群があり、年間250万人もの観光客がいますが、カンボジア産の土産物はあまりありません。ここに大きなビジネスチャンスを感じ、カンボジア国内でとれるいぐさを使ったいぐさ織りで雑貨をつくり、観光客向けに販売することにしました。農村の農民たちにいぐさ織りを習得してもらい、組織的に生産することで品質のいいものを安く流通させることができれば、需要も高まります。コミュニティファクトリーの売上が伸びて、そこで働く女性の収入が増えれば子どもを出稼ぎに出さなくてもよくなります。家族に仕事があれば子どもたちが学校に行けるようになる。こうしてはじめたコミュニティファクトリーのいぐさ製品は女性へのトレーニングと品質改良を繰り返しながら、少しずつ市場で売れるようになり、女性の熟練度も上がっていきました。

委託販売だけでなく、直営の販売拠点も設けたことで、今では着実に売り上げが伸び、2012年度の売上は約1400万円、コミュニティファクトリーでは130人が働いています。

 2010年からは、子どもを出稼ぎに出さない、売らせない、という活動の一方で、子どもを買わせない活動、買う人を取り締まるための警察支援も開始しています。それまで、児童買春は売春宿のオーナーや子どもを買う人が捕まらないこと、捕まっても有罪にならないことが問題でした。そこで複数のNGOと共同で、警察官の児童買春への認識をあげるところから活動を始め、法律のレクチャーや証拠品の押収の方法、現行犯逮捕のしかたまで、時には日本の元警察官からの指導も交えながら、カンボジア内務省と一緒に取り組みを続けています。

その結果、逮捕者数は2001年と比べて9倍に増え、売春宿から、明らかな子どもの姿はなくなりました。警察官への訓練を通じて犯罪を摘発できるしくみをつくることで、児童買春問題は少しづつ、解決に向けて進んでいます。

 

 こうした活動を、さらに問題の深刻な国にも広げようと、2012年からはインドでも活動に着手することを決め、現地NGOとパートナーシップを組んでプロジェクトを始めています。問題の重さに押しつぶされそうになることもありますが、小さな身体で戦う少女たちを1人にしてはなりません。子どもが売られない世界をつくるために、この問題はきっと解決できる。カンボジアでのこれまでの10年の経験をもとに、たくさんの支援者とともにこれからも闘っていきたいと思います。

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